30年、ありがとう

とうとう割ってしまった。
夫の茶碗。
潔く、まっぷたつ。


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お嫁に来たばかりの頃、家からそう遠くない本土寺という、別名あじさい寺とも呼ばれるお寺の参道にある陶器屋さんで買った夫婦茶碗。
私のはとうの昔に割れてしまったが、夫のはあれから30年近くも働いてくれた。

毎朝毎晩、熱々のご飯を盛られてテーブルに乗った。
ずいぶん頑丈だと思ってたけど、ついに力尽きたのかな。

わが家のいろんな場面をあなたは見てきたね。
他には言えないような修羅場もあったよね。

でも、なんとか家族をやってきて、
だいぶ頑丈な器になってきたよ。

ちょっと淋しいけど、お疲れ様でした。
今までありがとう。







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# by you-arsession | 2018-11-13 17:58 | 日々雑感 | Comments(0)

猫と暮らす

こんなことになるとは全く思わなかった。
うちに猫がいるなんて。
それも3匹!


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幼い頃から動物が好きだった。
特に犬。

家の裏の空き地に首輪でつながれた2匹の犬がいた。
今思えば、どこかの家で飼われていたのだろう。
白くておとなしいベル、
茶色でうるさいじろちょう。
私はベルが大好きで、よく会いに行っては頭を撫でたりしていた。
親に何度も犬を飼いたいと頼んだが、共働きで、動物があまり好きではない両親は許してくれなかった。

もし飼うなら犬に決まっていた。
猫はまったく考えてもみなかった。
猫ってどこが可愛いのか、まったくわからないと思っていた。

でも、今は猫!
だんぜん、猫なのよ。

わからないものだね、人って。

これから、うちの猫たちとの暮らしをときどき綴ってみたいなと思う。


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# by you-arsession | 2018-10-08 18:07 | 猫と暮らす | Comments(0)

長い旅の途上

日々、様々な事件がありますが、昨夜二女と最近起きた残酷な事件について話していました。
なんでこんなことがあるんだろうね、と。

今朝、仕事場に向かう途中で、道すがら多くの人とすれ違い、ふと思いました。

人は皆、いつ死ぬかわからないのに、週末の予定や、5年後の目標、何年先かわからない夢を描いて生きてるんだな、と。

星野道夫の本の中のことばを思い出しました。

きっと、人はいつもそれぞれの光を探し求める長い旅の途上なのだ。



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みんな何かを成し遂げて死んでいくわけじゃない。
何かをしようとしている道の途中で死んでいく。

だからこそ、今このときを輝いて生きたい、
と、思ったのでした。

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# by you-arsession | 2018-06-13 10:53 | 日々雑感 | Comments(0)

誕生日にはお赤飯

うちでは誕生日にはお赤飯を炊きます。
今日は私の58回目の誕生日。
しゃーない、自分で炊きました。

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小さい頃から誕生日にはお赤飯、というのが習わしでした。
結婚してからもそれが続いています。
父親ゆずりか、お赤飯は大好きです。

昔はせいろで湯気をたてて蒸していた記憶がありますが、
うちでは炊飯器で炊きおこわです。
それでもやっぱり美味しいです。

うちの娘たちは、自分の家庭でお赤飯を炊くのかなぁ・・・
この習わしは私の代で終わりかもしれません。







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# by you-arsession | 2018-06-08 14:56 | 日々雑感 | Comments(0)

初体験!花嫁の母

4月28日、ゴールデンウィーク初日
雲一つない快晴、新緑のまぶしい爽やかな風の中
長女の結婚式が行われました。

あたりまえだけど、花嫁の母、初体験。

籍を入れたのは8月11日の山の日。
その後、9月の末に、
「おとうさん、おかあさん、今日までお世話になりました」なんていう挨拶もなく、
バタバタと新居に引っ越して行きました。

それからもたまにご飯を食べたり、ラインをもらったりしていたので、なんとなく嫁に行ったという実感がわいていませんでした。

そして迎えた、結婚式。

実は、自分はもっと感極まって泣くのではないかと思っていました。
ところが、思いのほか涙が出ず、笑ってばかりいました。
いつもテレビや小説ではすぐ泣くくせに、現実になると、案外ドライなのかしらと思いました。

たくさんの方々に祝福されて、幸せそうな二人を見ていると、涙よりも笑みがこぼれてくるのです。

二人の誓いの言葉がユニークで笑ってしまいました。
新郎「1か月に一度は花を買って帰ります」とか(娘が言わせてるんだろうな~)
新婦「どんなに大喧嘩をしても、次の日には仲直りします」とか(ほんとだな~!)

形式ばっていなくて、アットホームで和やかな式でした。

それに、花嫁の父と母(もちろん新郎の父と母もでしょうが)は準主役という感じで、なにかというと「おとうさま、おかあさま、どうぞ」と促されて、とってもいい気分でしたよ。

なんにしても、これでやっとお嫁に行ったんだな~という気分になりました。

これからは、旦那様になるT哉さん、どうぞ、娘をよろしくお願いします。
わがままで、理屈っぽいところがありますよ、覚悟してくださいね。

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# by you-arsession | 2018-05-13 18:50 | マイファミリー | Comments(0)

確かな記憶

今日は、久しぶりのお休み。
ずっとできなかった義父の部屋の整理を少ししました。

箪笥の中の洋服を整理して、束ねて紐でくくりました。
ついこの間まで義父が着ていた服を手に取ると、なんだか不思議な感じでした。
だって、今でも「これ、着るの?」って出てきそうなんだもの。

先日、お向かいのおばさんに、いただき物の長芋のおすそわけをお持ちした時、
「なんだか寂しくなっちゃったわね」
「おたくがさ、寂しいわよ」
と言うので、「外から見てわかるんですか?」と聞くと、
「わかるわよ~、洗濯物は出てないしさ、夕方電気もついてないし・・・
人が一人いなくなるって、こういうことかと思うわよ。」と言われました。

確かに、義父が亡くなってから、洗濯物は外に干さなくなった。
私も帰りが遅いし、電気がつくのも夜になる。

そういうもんかな、いつも見ている人はそんな風に感じるんですね。

その人がここに存在していたという、確かなこの家の記憶。







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# by you-arsession | 2018-05-13 18:14 | 100歳に向けて | Comments(0)

最期のとき

テレビのドラマで、意識がないはずの亡くなる人の目からつーっと涙が流れるシーンがありますが、そういうことってほんとうにあるんですね。

昏睡状態に陥った義父には、夫と義弟、私が付き添っていました。
ちょうど兄弟でお昼を食べに行った際、主治医が顔を出し、今朝撮った肺のレントゲン写真を見せてくれました。
左の肺が真っ白でした。
たんが絡んだためなのか、左の肺にはほとんど空気がない状態なのでした。

主治医が私に説明しながら、パソコンの画面をスクロールしていきました。
前の晩からの看護師さんの記録に義父の言葉が記されていました。
看護師さんはこんなことまで記録するのかしら、と思いながらそれを目で追って、ぷっと吹き出してしまいました。

「帰りたいんじゃないよ、帰れなくなっちゃうの、冗談じゃないよ!」

「冗談じゃないよ!」とは、義父がよく言うセリフなのですが、
おじいちゃん、ここで、こんな場面で、笑わせないでよ~


インフルエンザが流行っていたため個室がとれず大部屋に入っていたのですが、ちょうどその日の午後、個室に移ることができました。
なんというタイミングでしょう。義父は強運の持ち主なのですね。


夜までには、義弟夫婦、懇意にしている伯父夫婦、うちの娘たちや義弟夫婦の子供たちも東京から駆けつけ、身内全員がそろいました。
近くでにぎり寿司のパックを買い、義父を囲んで皆で食べました。

目を開けることがない義父に皆話しかけていました。

10時を過ぎ、そろそろ帰らなければならない時間になり、誰かが「じゃあおじいちゃん、帰るよ」と声を掛けるたびに、義父が「あー」とか「うー」とか声を上げたり、手を挙げたりして、その度に「じいちゃん、わかるの?」と駆け寄っていました。

しかし、義父はついに目を開けることはありませんでした。

私達夫婦は病室に泊まることにしていました。
皆が帰って静かになった病室で、夫は簡易ベッドに、私は義父ベッドの隣のソファーで横になりました。
手を伸ばせば、すぐに義父に触れることができました。

時々足を動かしたりする気配を感じながら、少しだけウトウトしました。

明け方、なんとなく夫も私も起きて、義父の足をさすったりしながら付き添っていました。
ふと、指先につけた酸素量を見ると「68」になっています。普通は「92」程度なければならないのです。

看護師さんが病室とナースステーションを行ったり来たりするようになりました。

私は義父のおでこをなでで「いいこいいこ」しました。
前日、これをやったら、「親をバカにすんじゃねーよ」と顔をくしゃくしゃにして笑っていました。

いよいよだというのがわかりました。
夫もそばでじっと見守っていました。

「おじいちゃん、お疲れ様でした、ありがとう」
と、声をかけると、義父の目から涙が流れました。

夫も、「親父、ありがとな」と言うことができました。

最期、義父は自分の手で酸素マスクを乱暴に外しました。

何か言うのかと身構えましたが、それだけでした。
何か言いたかったのだろうかと思います。

しばらくして、はあはあという息が小さくなっていき、消えて行きました。

2018年1月18日午前5時5分 永眠。


最期まで義父はすごく頑張りました。

「100歳に向けて」で義父のことを書いてきましたが、ひとまずこれでペンをおきたいと思います。

ここまで読んでくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。


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この写真は、亡くなってしばらく経ってから、お世話になっていたデイサービスから送られてきたものです。
毎年誕生日には写真付きのカードをいただいていました。
今年も1月20日の誕生日のために、写真を撮ってくれていたのです。
2018/01/04となっています。亡くなるわずか2週間前でした。






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# by you-arsession | 2018-03-22 14:56 | 100歳に向けて | Comments(0)

夫はずっと父親を毛嫌いしていました。
特に義母が亡くなってからは、なおさらでした。
長年私は二人の間で右往左往していましたが、どうしたって親子の関係ですから、私にはどうすることもできませんでした。
しまいには、義父に何かなければ夫は変われないと、天に任せる心境でした。

夫は最初から父親を嫌っていたわけではなかったようです。
中学の時、尊敬する人を書きなさいと言われ、他の生徒たちが偉人たちを書いていた中で、「父親」と書いたというのですから。

夫は30歳過ぎて独立し、設計事務所を構えました。
しかし、苦労して勉強し、公務員で生きてきた義父には、年金も保険も保障もなにもない自営業の息子の努力や小さな成功は理解できないものだったのでしょう。
夫はいつまでたっても父親に認めてもらえない気持ちをずっと抱えていたのだと思います。

入院する前の日まで、親子は怒鳴りあっていました。

そんな夫が、義父に1時間もかけて食事を食べさせたと聞いて驚きました。
その前日、私は「食べたくない」と言われて食べさせるのを諦めてしまったのです。
寝たままではなく、起こして、きちんとベッドに座らせて、たんが絡むのでたんを出させながら、ゆっくり口に持っていくと、全部平らげたそうです。

それからは私も夫のやり方で食べさせるようになりました。
確かに、気長にゆっくり食べさせるといくらでも食べました。

だんだんたんの量が増えて、誤嚥をしそうだというので、一時食事を止められました。
しかし、主治医は私たちががんばって食べさせているのを知って、食事を出してくれました。
それも束の間、いよいよたんの量が増え、口からは食べられなくなりました。

「おじいちゃん、きょうはご飯がまんだよ。」と言うと、何か食べたそうでした。
看護師さんが、カーテン越しに隣の患者さんに「○○さん、プリンかアイス食べる?」と声を掛けているを聞いて、ぶんぶんうなずいているのを見て笑ってしまいました。

その日の夜、軽い冗談を言って義父は笑いました。
顔をくしゃくしゃにして、そんなにおかしいかってくらいの笑いでした。

それが、私達が見た、最後の笑い顔でした。

次の日の朝、義父は昏睡状態になりました。




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# by you-arsession | 2018-03-20 20:36 | 100歳に向けて | Comments(0)

四十九日法要の意味

3月4日、義父の四十九日法要を無事済ませました。


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僧侶のお話の中で、故人は四十九日までつらい修行をして、大変疲れたり傷ついているので、今日からは阿弥陀如来が看護師さんのように手当をしながら極楽浄土へと導いてくださる、というようなことでした。
義母の時もそんなお話を聞いたのですが、忘れてしまっていました。

改めて、四十九日法要の意味を調べてみると、仏教において四十九日法要は大変重要な意味を持つとのことでした。
人は亡くなったあと七日ごとに閻魔大王の裁きを受け、七回目の四十九日目に極楽浄土に行けるかどうかの判決が下されるとのこと!(こわっ!)
そのため遺族は7日毎に法要を行い、故人が極楽に行けるように供養するのだそうです。
四十九日は最後の判決が下される最も重要な日のため、法要の規模が大きくなるのだとのこと。

七日毎のお裁きの日に法要を行うのは、故人の善行を足していくという意味があるそうです。
「故人はいい人だったので、どうぞ極楽浄土に行かせてください」という祈りをこめているわけで、裁きの日までにやらなければ意味がないということです。
それで、法要の日を決めるとき、「前倒しで」と言われた理由がわかりました。
告別式のときに、初七日の法要をやってしまうのも。

亡くなった人は体の辛さからやっと開放されたと思ったら、そうやって7日ごと裁きを受けるなんて大変ですね(>_<)
義父が閻魔さまのお裁きを受けている様子を想像し、なんだかかわいそうになりました。

でも、もしかしたら義父は閻魔様にも、「冗談じゃないよ!」と言ってるんじゃないかと想像すると、思わずくすっと笑ってしまいます。

法要のときの僧侶がこうも言っていました。
四十九日の間、故人を失った悲しみに暮れていたが、今日からは生きている私たちは前を向いてしっかりと生きていくことです。
と、だいたいそのようなお話でした。

義父は極楽浄土に行けたのだろうか、それとも途中でウロウロしているのだろうか・・・

仏教のお話ですが、なんとなくこれからは嘘はつくまい、後ろめたいことはすまいと思ってしまう私は小心者だな~(^_^;)




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# by you-arsession | 2018-03-08 19:12 | 100歳に向けて | Comments(0)

元気ってすごい

インフルエンザB型でした。
B型は熱がそれほど上がらないと聞いていたので、熱がすぐ8度4分まで上がり、その夜8度8分になったので、ぜったいB型ではないと思っていました。
ですから、検査の結果「B型ですね」と先生に言われたとき、「うそだ!」と思いましたよ。
でもまぁ、「一般的に軽いと言われていますが、そうとは言い切れません。B型は一度下がってもまた上がったりして長引く人もいます」と説明されて、そんなもんかとしぶしぶ納得しました。

タミフルを飲むと一旦は7度台に下がりますが、また8度4分あたりまで上がる、というのが2~3日続きました。
その間、頭痛と背中痛が激しくて、布団に寝ていても、針のムシロのようでした。
以前にインフルエンザになったときも大変でしたが、今回も辛いものでした。

やっと、36度8分~37度あたりになったので、そろそろいいかなと起きだしたところ、次の日また38度4分へ!
えー、もうやめてって叫んでた。
タミフルを飲み終えた次の日の夜です。

再度病院に行き、レントゲンの結果、肺炎の疑いで血液検査。
とりあえず抗生剤の点滴をしてくれました。
検査の結果、炎症反応はそこまで高くないということで、抗生物質を処方され、またそれから1週間。
やっと平熱になったと思っても、夕方には微熱が・・・。

と、そんなこんなで、2週間以上不調が続きました。
2日前あたりから、やっと、少しずつ体力が戻り始めた感じです。

健康って大事!
元気ってすごい!!

と、まっこと思わされました。

これから、中途半端になってる義父のブログを完結させたり、
長女の結婚式前に渡そうと思っているエッセイ集のようなものを作ったり、
忙しい~~~

そうそう仕事もしなくちゃ。





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# by you-arsession | 2018-03-02 11:43 | 日々雑感 | Comments(2)

最後の入院

1月10日。
この日は特に具合が悪かったというわけではなく、去年ひどくなっていた褥瘡(床ずれ)が改善してきたので皮膚科に見せに病院へ行ったのです。
デイサービスへも行って、帰ってきてから連れて行きました。
ちょっと咳が出るから、ついでに内科で診てもらおうか、と軽い気持ちで受診しましたが、レントゲンの結果、肺に水が溜まっているとのことで、年齢的なこともあり、即入院となりました。
主治医からは「薬で水はすぐに抜けるだろうから、1週間から10日くらいかな、でも、歳が歳だから、いつ何があってもおかしくないですから」という説明でした。
こんなふうに、「もしかしたら」という思いにさせられたことが何回あったことか。
なので、また今回もいつものように退院するものと思っていました。

心配なのは認知症のほうでした。
以前入院した時は大変でしたから、また、わけがわからなくなるのではないかと。
案の定、夜中に歩こうとしたとのことで、ベッドにベルトでくくりつけられました。

体中痛くて、歩くのも大変なのだから、夜中にウロウロしたりなどないのではないかと思っていましたが、そんなことはないそうです。
歩けないような人が窓から飛び降りてしまったりして、「え、あの人歩けたの!?」というようなことがあるのだと、医師が言っていました。
なるほど、義父も二日目の夜中にはベルトをすり抜けてナースセンターの前を歩いているところを捕まったそうですから、認知症の人はなにをし出すかわからないということです。

でも、今回は前回ほどひどい状態にはならず、落ち着いているように見えましたので、ベッドにくくりつけられて、大きな紙オムツをされて寝ている義父を見ると、ちょっとかわいそうでした。

よく紙オムツといっているパンツのことは「リハビリパンツ」通称「リハパン」と言うんですって、知ってましたか?
私は最近知りました。
今回義父がされたのは、寝ていて取り替えられる、まさに「紙オムツ」です。

このあと、義父が自分で歩いてトイレに行くことは、ついにありませんでした。




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# by you-arsession | 2018-01-31 18:15 | 100歳に向けて | Comments(0)

前回のブログからいきなりですが、
義父は1月18日、96歳と363日の生涯を閉じました。

これまで数々の病気や怪我に見舞われながら、不死鳥のようによみがえってきた義父ですが、今回はそれはかないませんでした。

1月22日、東京でも大雪の日のお通夜
23日、快晴の空の下での告別式
身内のみの家族葬で済ませました。


仕事を切り上げて帰ろうとしたとき、「あ、そうか、帰ってもおじいちゃんはいないんだ」と気づき、気が抜けたような思いがします。
二女は「おじいちゃんが部屋にいて、顔も見ないし話しもしなくても、いるのといないのじゃ全然違う。人ひとりの存在って大きいね。」と言っていました。

人間的に立派だったかとか、何か事を成し遂げたかとか、生きがいはなんだったかとか、
そんなことは関係なく、一緒に暮らす中で、人一人の存在を肌で感じられたことと思います。

同じ屋根の下で寝て、ごはんを食べて、時には大声でどなりあっても、次の日には顔を合わせて笑っている、それが家族なんだと、
人が生きて、老いていく、そして死んでいくことを、身をもって見せてくれた義父。

骨と皮だけのようになったからだで頑張っていた姿を思い、
本当にお疲れ様でした、ゆっくり休んでくださいと言いたいです。

応援してくださった皆様、ありがとうございました。

なにからどう書いたらいいのかわかりませんが、これから少しずつ思いつくままに書いてみたいと思っています。




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# by you-arsession | 2018-01-28 18:14 | 100歳に向けて | Comments(0)

手摺を付ける

むしろ今まで手摺が付けてなかった、ってことが間違いだったんですよ。
だって、なにしろ96歳なんですから。


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大工さんが玄関ホールに手摺を付けてくれています


必要性を感じなかった、ってことなんですが、
それだけ義父がしっかりと自立して歩いていたんだと、
その事実がすごいことだったんだと知らされました。

今回義父が転んでしまって初めて、「そうだ、手摺だ!!」ってことになったのですから、私たちに危機管理が欠けていたと深く反省しました。

いくら元気でも、やはり着実に体力は衰えているんですよね。

しかし!

今日義父を連れてお昼を食べに行ったところ、
カツ丼を一人前立派に平らげました!
この食欲、貪欲さ、かないません。
96歳と11ヶ月、まだまだ突っ走りますよ、きっと(^_^;)







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# by you-arsession | 2017-12-28 17:15 | 100歳に向けて | Comments(0)

寝返り打つのも必要

褥瘡(床づれ)のことはわかっていましたが、義父は寝たきりではないので、大丈夫かと思っていました。
でも、いつも寝ている向きが同じなので、どうしてもできてしまうのですね。

これは往診の歯医者さんに教えてもらったのですが、
褥瘡は皮膚の表面にできるのではなくて、内部からできるそうです。
そして表面に現れてくるので、なかなか気づかないんだそうです。

義父の腰が赤くなっているのは気づいていましたが、そこまでとは思わず、先日ひどくなっていてびっくり。
皮膚科に連れて行きました。
バイキンが悪さをしている可能性があるので、消毒はせず(はいはい、知ってますよ。つい最近転んで額を切ったとき、初めて知ったことです)、石鹸でよく洗って抗生物質の入った軟膏をべったり付けガーゼを貼っておく。1日1回ガーゼを取り替える。
その絆創膏が実費で1枚600円。高っ!!
念のため、抗生物質の飲み薬も出されました。

同じ方向を向いて寝ないように。

私たちが無意識にしている寝返りって大切なものなのですね。

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# by you-arsession | 2017-12-26 16:14 | 100歳に向けて | Comments(0)

再び転倒、恐るべし。

その日の朝は悪夢でした。

明け方の5時、義父が今度はダイニングの床に転がってうめいていました。

どうして!?

転んで痛いからそうそう動かないだろうとたかをくくっていたら、もうなおったのかと思って、髭を剃って部屋に帰るところだったようです。今度は椅子に肋骨のあたりをぶつけたらしく、相当痛そうです。

まいりました。
昨日のMRIで幸い骨が折れていなかったことがわかったので、徐々に様子を見ながら歩くことをしなければと思っていたのに、前向きなのが裏目に出ました。

2回も立て続けに転んで打撲しているので、今度こそもう動けなくなるのではないかと思いました。
いよいよ寝たきりになってしまうのか・・・

ところが・・

ところがです。
なんと、次の日はデイサービスに行きました。

びっくりしちゃいますよね。
認知症のため、痛みにも少し鈍感になっているのでしょうか。
転んだことも忘れてしまっているようです。
ある意味、幸せかもしれません。
気を付けて様子を見守りたいと思います。

それにしても、恐るべし生命力。



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# by you-arsession | 2017-12-15 20:52 | 100歳に向けて | Comments(0)

根性あるよ、96歳

二女が出勤し、夫と二人で朝食を食べていると、
「うわ~っ!」という声とともにドカンという大きな音!!

「やった!!」
私は一瞬両手で顔を覆いました。

案の定、義父が頭を抱えて廊下に転がっていました。
一人でトイレに行って、部屋に戻るところでした。

恐れていたことが起こってしまいました。
転倒!
これだけは避けたかったのです。

高齢者が転ぶとそのあと寝たきりになる、というのはよく聞く話です。

しかし、病院に行くかと言っても、「大丈夫」の一点張り。
なんとか立ってトイレにも行けたので、その日は病院に行かずに様子を見ることにしました。

しかし、夜になっても痛がり、「もう死にたいよ~」とめずらしく弱音を吐きました。

次の日、整形外科を受診しました。

レントゲンで股関節に微妙な影がみつかり、骨折していた場合、手術になるとのことでした。
この歳で手術ですか・・・と躊躇していると、手術しなければ立つことや動かすことはできないので、つまり寝たきりになってしまう。
しかし、手術したところで、実際、歩けるようになるころまで筋力が持つのかって話ですよね。
MRIで確認したところ、骨折ではないとわかり、ほっとしました。

「腰椎は痛いと思いますが、痛いから動かないとすぐに衰えてしまいますから」
という先生の言葉を、義父は運動不足と聞いたらしく、
家に帰ってくると、「運動不足だって言われちゃったよ~」と、転んだことはすっかり忘れていました。

痛がっている本人には申し訳ないのですが、
「いてーーー!!」とわめいたかと思うと、「痛くない、痛くないよ」とうなずいてたり、
なんだか笑ってしまいます。

昨夜、もうやだ、死にたいよ~と嘆いた人が、
「今度からは昼間寝ないで運動するようにする」って。

なんて前向きな人なんでしょう!
根性あります、この96歳は。











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# by you-arsession | 2017-12-13 20:06 | 100歳に向けて | Comments(0)

天寿を全うするのみ

朝起きて、洋服を着替える。
「なんで着替えるの、これ(パジャマ)でいいじゃない。わっかんねーなー。」
歯を磨いて入れ歯を入れる。
口腔訓練、早口言葉を練習する。そしてご飯。
食後の歯磨き。「もうやった。またやるの?」
薬を飲む。
デイサービスが迎えに来て、出かける。
帰ってきておやつのバナナを食べる。
夕ご飯の前に口腔訓練、早口言葉の練習。夕ご飯。
食後の歯磨き。たまにお風呂。
パジャマに着替える。
「えー、これ脱いじゃうの?なんでそんなに着たり脱いだりするんだよ。いいじゃないか、これで。わっかんねーなー」
心臓の薬を胸に貼って、緑内障の目薬をつけて、ふとんに入る。
おやすみなさい。

毎日この繰り返し。
誤嚥性肺炎をおこさないようにと、まわりはそればかりを気にしている。
あれやれ、これやれ言われて、生かされているのも大変だなと思う。

別にいいじゃん
わからないんだから、めんどくさいならそのままで・・・

そんな思いがちらりとよぎる。
でも、それを許したら、すべてがどうでもよくなってしまう。

べつにいいじゃん、薬飲まなくても
いいじゃん、寝たければ寝てれば・・・

そうなったらだらだらの毎日。

少し前、デイサービスから帰ってくると寝てばかりだったので、
「寝てばかりいちゃだめだよ」と言ったら、最近は起きているようになった。
そういうところ、えらいと思う。

義父は義父でがんばっている。
生かされている以上、明日も同じことを繰り返すのだ。

もうここまで来たら、いいとか悪いとか関係ない。
何が生きがいか、なんてどうでもいい。

なんのために生きるか・・・
ただただ天寿を全うするため。

義父に天寿を全うしてもらうこと、
それが私の役目だと、自分に言い聞かせている。





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# by you-arsession | 2017-12-01 20:41 | 100歳に向けて | Comments(0)

人間の記憶

今ご飯を食べたばかりなのに、食べたことを忘れてる。
認知症でよく聞く話ですよね。
まったくそうなんです。

ご飯食べて歯を磨いて、席についてテーブルの上を眺めて、
「これからご飯?」

「もう食べたよ」
「食べたね。」

今日は神経内科の受診の日でした。
神経内科のM先生に、「直前のことを忘れている」とお話しすると、それがこの認知症の特徴なのだということです。
人間は、見たことや経験したことをいったん海馬に溜めてから脳に記憶するのだが、この認知症は海馬の近くの組織が委縮してくるので、記憶をとどめることができず、近い体験を忘れてしまう。
逆に、脳の奥の方に溜め込んだ昔の記憶は憶えている、というお話はとてもわかりやすく、納得しました。

M先生には、アルツハイマーなら進行が速いが、義父のし銀顆粒性認知症は高齢で発症した場合、きわめて進行が緩やかであるとのこと、義父は日常生活はかなり自立度が保たれていることから、病院では特にやることはないので、今後は何かあったときに来るようにと言われました。

4月に初めて神経内科にかかり、28年間飲んでいた睡眠薬をやめたときは、どうなるかと思いましたが、今は落ち着いて、義父の扱いにも慣れてきたので、そうさせてもらうことにしました。
睡眠薬をやめるように言ってもらって本当に感謝です。
M先生にお礼を言って診察室を出ました。





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# by you-arsession | 2017-12-01 20:12 | 100歳に向けて | Comments(0)

消毒しないんだって!!

先日、不覚にも転んで額に傷をつくってしまいました。

デイサービスのお迎えのチャイムが鳴ったので、急いで出ようとしたところ、
床が濡れていたのか、廊下ですべって、すってんころりん。
おでこに鈍痛を感じ、左肩を思い切り打ちました。

いった~~~~、なにこれ・・・と自分のしたことが一瞬わからずにいると、
床に血がポタリポタリ・・・
え、えーーーー血だ!!

玄関では「おはようございま~す、すみませ~ん、この書類にはんこ・・・」
とかなんとか悠長なことを・・・

とっさにタオルを頭にあてて、玄関まで這うようにして出ていき、
「今、ころんじゃって・・・」と、しどろもどろ。

「え、大丈夫ですか~?ちょっと見せてくださいね~、あ~、切れてますね~」
「え、切れてます?!」
そうか、それで血が出てるんだ!・・・(って遅いよ)

結局デイの職員の人が呼んでくれた救急車で病院へ。
救急車に乗るの、人生で何度目だろう。

緊急で見てもらい、初めは頭のCTと肩のレントゲンを撮るという話でしたが、結局たいしたことがないと判断されたらしく、希望なら撮るがこのまま様子を見るのでも大丈夫とのこと。
傷の処置だけします、ということで、きっと相当痛いんだろうと思っていたら、ちょんちょんと洗って大きめの絆創膏を貼っただけで終了。
「歩いて帰れますか?」と、あっけないほどの幕切れ。

え、これだけ?なんかもうちょっと手当しないの~?と不安になった私。

「家で消毒したほうがいいですか?」と看護士さんに聞くと、
「消毒はしなくていいですよ。水で洗うだけで大丈夫です。」とのこと。
えーーーー、消毒しないーーー?
「消毒するといい菌まで殺してしまうので、傷の治りが遅くなるんです。」とのこと。

これって、私にとってはそうとうびっくりな話でした。
今までの常識を覆されたというか。
だって、怪我したら、消毒でしょ~、マ○ロンとか、シュッシュとかけるんじゃないの?

そんなそんな、と調べてみると、今は消毒しないというのが常識みたいでした。

みなさん、知ってましたか?

傷をきれいに早く治すには、消毒はせず、水できれいに洗い、傷口を乾かさないようにすることが大事なんですって。
その情報を仕入れたのが、翌日だったので、あわてて「キズパワーパット」を買ってきて貼りました。

怪我をして、6時間までの処置が勝負なのだそうですが、私の場合、翌日だったので、ちょっと遅かったです。
おでこに稲妻のような縦の傷あと・・・
愛と誠か、木枯らし紋次郎か~(額に傷があるのは、木枯らし紋次郎じゃなくて、旗本退屈男だったみたい。)
それもかっこいいか~
いやいや、無理無理・・・だめでしょ~~~(;´д`)

とにかく、今は傷口を乾かさないようにキズパワーパットさんに保護してもらっています。
だいぶ修復に向かっているようです。
キズパワーパットさんのおかげで傷は目立たないのですが、これを剥がした後が怖いです。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
皆様もどうぞ気をつけてくださいませ。
そして、くれぐれも、怪我をしたら消毒はしちゃだめですよ。




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# by you-arsession | 2017-11-11 15:16 | 日々雑感 | Comments(0)

街路樹が色づいてきましたね。
我が家の96歳、ますます元気です。

1年ほど前、まだ義父が杖で歩いていた頃、私は病院に付き添って一緒に歩いていました。
認知症の兆しが見えていたので、病院の帰り道にいろいろ義父に話しかけました。

義父は、自分の父親の名前はすぐ言えました。
兄弟の名前は忘れていましたが、私も知っていたので、誘導すると思い出しました。
でも、母親の名前だけが出てこないのです。
日を変えて2,3度聞きましたが、同じ結果でした。
私も義父のおかあさんの名前は聞いたことがなく、主人に聞いても知らないといいます。
他の義父の兄弟は皆亡くなっていますので、確かめようがありません。

べつに義父のおかあさんの名前がわからなくても何も困らないのですが、おかあさんの名前だけが出てこないことが、なんだかとても申し訳ないような、残念な気がしました。

もしかしたらもうわからず仕舞かもしれないとあきらめていたところ、
突然その名前が飛び出したのです。

その日、義父はとても饒舌でした。
自分の生い立ちから、若い頃の苦労話などを私に延々と話すのです。
半ば話半分に聞いていました。

ふと、「おじいちゃん、おかあさんの名前わかる?」と聞いてみると、
「わかるよ、・・あき。 たぐち あき。」
と、言うではないですか!

私はオーバーに言えば、稲妻にうたれたような衝撃を受けました。
ぶるっと身震いするような、というか。

「え、あき?どんな字?」
「ひらがなで、あき。」

胸の中で、ほ~っとした思いでした。
おじいちゃんのおかあさん、あなたの名前がわかりました!

「あきさん、あきさん・・・」と私は何度かつぶやいていました。

ひとしきり話をしたあと義父は
「人生は面白いな」と笑いました。

その顔はいつになく晴れ晴れとしていました。

次の日、母親の名前を聞くと、もうわかりませんでした。
一瞬でも思い出したことが奇跡のようでした。






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# by you-arsession | 2017-11-07 17:47 | 100歳に向けて | Comments(0)

「100歳に向けて」のブログ、ご無沙汰しておりました。
書いていなかったのは、特に変わったこともなく日々淡々と過ぎていた、ように感じていたからです。

96歳と10ヶ月。
義父は元気に生きています。

相変わらず忘れることはお得意で、
「歯を磨いて」と言ってもピンとこない。
いつもやっていることなのに、洗面所に立って「えーと、どうすんの?」

「おじいちゃん、お風呂に入って」 「うん!」と返事はいいけど動こうとしない。
「おふろ、、、おふろ、、、?」どこに行ったらいいかわからない。

次になにをやるか、わからなくて不安になると
「祐子さん!どうすんのよ!」と私を呼びます。

でも、こうするんだよ、と促してやると、だいたいのことはわかります。
「よし、これでよし!」
そして、またすぐ忘れてしまいます。


髪の毛は、まだ黒くなり続けています。
最近「眉毛黒くするの貸してよ」と言います。
白くてカッコ悪いだろ、って言うのです。
まだ洒落っ気があるんですかね。

先日、私は、義父が車椅子を押して歩いている隣に付き添っていました。
私が義父をかばって車道側を歩いていると、
「あぶないからこっちに来てよ」と反対側を促します。
私が車にひかれそうで心配だと言うのです。
私のことを心配してくれているのか、と、ちょっとびっくりでした。
垣間見た、義父の男らしさでした。




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いつも事務所では寝てばかりですが、今日はたまたま置いてあった戦争ものの漫画本を熱心に読んでいました。
こんな姿を見ていると、もう少しやさしくしてあげなよ、って、私の中の誰かが云うのです。




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# by you-arsession | 2017-10-18 16:01 | 100歳に向けて | Comments(0)

先日、FBのお友達が石岡の写真をアップされていて、「いいところでした」とおっしゃってくれていて、「ええー」ってびっくり。
その方が見たという石岡市を紹介しているブログも拝見して、またびっくり。

石岡ってこんないいところなの?

私は茨城県の鉾田町(現在は鉾田市)という、太平洋側のちいさな町で生まれ、高校までそこで育ちました。
みなさん、言っときますが、「いばら」ではなく、「いばら」ですからね。

高校3年のときに、家が石岡市に引っ越しました。
20歳まで石岡に住んでいましたが、ほとんど駅と家の往復で、石岡市内には馴染みがありませんでした。
石岡というと、市とはいえ、水戸と土浦に挟まれて発展しないところで「くらい街だな~」と思っていました。
そのうちに東京に就職し、5年ほど東京に住んだら、結婚して松戸市民になり、今に至ります。
実家の石岡に帰っても、自宅は街中とは反対方向で、石岡の街をしみじみ歩くことなどなしに今日まできていました。

でも、先ほどのFB友達の写真を見て、これは行かなきゃ!と思いました。
ちょうど、実家の母親を元気づけに行こうと思っていたので、いつもなら電車の時間に合わせて駅に迎えに来てもらうところを、1時間ほどひとりで街中を歩いてみました。


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石岡の忠犬ハチ公ならぬ忠犬タローです。タローの像ができてました!


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駅からの大通り、こんなに広かったのね~
それにしても、ほんとうに人がいない!
それはそれは、気持ちがいいくらい、人気(ひとけ)なし。



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大通りにも目を惹かれる建物が・・・。なにげにいい感じです。




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こちらはレストラン、バーでした。おしゃれ。


中町通りを歩いていると、ほんとうに点々と古い建物があって、「空いてる川越」とは良く言ってくださいました。



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あれ、写真だけ見ると廃墟のようですね(^_^;)



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この辺のお店はちゃんと営業してました。砂糖店とか。



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丁子屋さんは喫茶もやっているようです



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時間があったら中でお茶をいただきたかったです。次回♪




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正面のみ西洋建築風、側面を見ると、板張り(*^^*)



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中町通りから一本中に入った金丸寿通りで見つけた駄菓子屋さん♪



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実家へなつかしい駄菓子と甘色を買いました。


1時間ほど歩いて、メインの通りは見て回れました。
大きな通りなのに人が歩いてなくて、シャッターが下りた店が多いです。

こんないいところなんだから、もう少し人気が出てもいいのにな~
と、思う反面、いやいや、このまま静かな街であって欲しいという矛盾する思いが自分の中にありました。


引っ越してきたころ、両親と一度だけ入った記憶がある喫茶店を探したのですが、どうしてもみつかりませんでした。
両親は全く覚えていないのですが、お店は地下で、なんとなく雰囲気だけがうっすらと残っています。

実家で兄に話したところ、兄も何度か入ったことがあるそうなので、次回は教えてもらって行ってみたいと思います。

というわけで、石岡に実家がありながら、改めて、というか初めて石岡の魅力に触れた日でありました。


もし、訪ねてみようと思われたなら、駅に観光案内所がありますが、大通りをまっすぐ行って左角にある「まちかど情報センター」に行くといいです。
マップや情報をもらえます。


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# by you-arsession | 2017-10-03 18:42 | 小さな旅 | Comments(0)

東京国立近代美術館で開催されている「日本の家」展に行ってきました。

日本の建築史に名を刻む建築家たちの作品が一挙に展示されているわけで、とても見ごたえがあったのですが、その中で、面白いと思ったのが、岡啓輔さんの「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」です。設計から資材の調達、足場作り、配筋、型枠、コンクリートの打設まで、岡さんがほぼひとりで手がけている自邸だそうです。


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この廃墟のようなビルがそうみたいです(笑)


2005年に着工して、2017年現在も建設中というのですから、面白いですよね。
スケッチ画にはすべて同じ文句が書かれています。

何かの完成である。と同時に次への舞台である。

このビル、いつまでも終われないですね。


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人生は死ぬまで終わるもんじゃない

これは作家の畑正憲さんのことばです。
偶然この言葉を見つけて、このビルに通じるものがあると思いました。

「たとえば山脈を旅するように、尾根を歩けば次の山が見えてきて、そこを下れば平原が見えてきて、さらにいくつも旅が続く。それが人生なのであり、何歳になっても自信と勇気をもって歩き続けてほしい。」(畑さん)

一緒に「日本の家」展を観に行ったTさんと「人生100年ともいわれてるけど、これから先、どんなふうに生きていこうか~」というような話をしました。

人生は死ぬまで終わらない。
だから、次への舞台があるのは素敵だな~







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# by you-arsession | 2017-09-21 18:15 | 日々雑感 | Comments(0)

真夜中の運動会

もう少しで深い眠りにつこうとする真夜中、突如としてそれは始まる。

いったん始まるとどうすることもできない。
ただじっと、それが終焉を迎えるのを待つ。
真夜中のたったひとり(いえ、一匹)の運動会。

いったいなんだっていうのか。
いきなり茶太郎が火がついたように走り回る。
昼間寝てばかりの茶太郎からは、かけ離れた俊敏な動き。

私たち夫婦の寝室と、二女の部屋は戸襖で仕切られているが、茶太郎が行き来できる分だけ開けたままにしている。
真っ暗な中、こちらの部屋とあちらの部屋をものすごいスピードで擦りぬけて走りまわる。
チェストに飛び乗り、本棚からカーテンレールを渡って衣装箪笥の上に。
逆戻りしてまた走る。

家人は皆寝たふり。
けっして起きない。
「茶太郎、どうしたの?」
「なにやってんの」
と、声をかけたところで無意味なことは経験済みである。

やがて運動会は終わり、静かな眠りにつく。

この運動会、決まって真夜中。不規則に、忘れた頃に突如として開催される。


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こやつは昼間は寝てばかりのくせに。



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# by you-arsession | 2017-09-09 15:18 | ペットと住まう | Comments(0)

仕事場から自宅までの帰り道で、定形外のちょっと重たい封筒を出したくて、駅前のコンビニに寄りました。
最近はコンビニに切手があるので便利です。
205円、ちょっとイレギュラーなので何枚かを合わせなければならないとは思っていました。
でも・・・

若い女の子の店員さんは、切手が入った箱を見せて、「どうしますか?」と言うのです。
「え?あ~、205円の切手はないのよね。あら、う~ん、どうしよう。」
82円、62円、140円、10円、・・・そんな切手が目に飛び込んできます。
一生懸命切手の組み合わせを考えようとしますが、クリアになりません。
「じゃ~、140円と10円6枚と・・・2円切手を・・・」とやっていくと、1円切手がないので合わないのです。

そこで初めて女の子が、「140円と10円6枚と2円3枚で206円ですが、いかがですか?」と。
「あ~、じゃあ、いいです。ごめんなさい。」と止めてお店を出てしまいました。

別に女の子がそれほど感じ悪かったわけでもなく、1円くらい多く払っても良かったのに、なんか「いいです」って言っちゃったんですよね。

次の日、仕事場のそばのローソンに行って、「205円分の切手が欲しいのですが」と言うと、
「すぐ貼りますか?」と聞かれて「はい」と言うと、即座に205円切手と海綿(濡らしたスポンジ)が出てきました。

コンビニだから間に合わせだし、しかたない、と思いますが、同じコンビニでも、こういう品揃え、対応・・・
またここに来ようって思います。


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# by you-arsession | 2017-09-06 10:49 | 日々雑感 | Comments(0)

物忘れを上手に利用して


先日、神経内科を受診した際、「認知症の高齢者への具体的な接し方」という冊子をいただきました。
これがおもしろい!
あるある、がいっぱい。

あ、でも、娘からは「これがおもしろいというおかあさんがおもしろい」と言われましたが・・・


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「ごはんはまだですか」「財布を盗まれた」「今日は何日だい」「あなたはどなたですか」・・・
あるある事例の具体的な接し方が紹介されていて、とても参考になります。

その中で、目からうろこというか、はっとしたことがあります。
「今日は何日?」と何回も聞くのは、何日かを知りたいというよりも、今がいつで、ここがどこなのかが不安だということの裏返しなことがある、だから何回でもくりかえして聞くのだということです。

義父を見ていると、ここで自分は何をしているのか、これからどうしたらいいのか、わからなくて困っている、という感じの時が多いです。だから、「これからどうするの?」「次なにやるの?」と何回も聞く。不安なのだと妙に納得。

また、認知症の特徴を上手に利用することも大事、とあり、それも納得。

最近私は義父への接し方のコツを心得てきたなと思っていたのですが、間違っていなかったと安心しました。
たとえば、こういう感じです。

義父「いや~、まいったよ。役員を頼まれちゃったんだよ。おれ、できないから断りたいんだけど、断り方がわかんねんだよ」
私「おじいちゃんがなんの役員に頼まれるっていうのよ、そんなわけないでしょ!」
とは言わず~、
「あら、じゃあ、私が断っておくから大丈夫だよ」
義父「そう、祐子さん、断っておいてくれる。もう、祐子さんに頼むよ。じいちゃんできないからよ~。ああ、助かった」

てな具合です。

株式はもうすべて売却してしまったのに、神妙な顔で「証券会社に電話しなくちゃ」と言ってきたときも、
「私が代わりにしておくね~」で、そのうちに本人は忘れてしまいます。

「物忘れ」をうまく利用するってことですね。

ところで、はたから見るとうちのおじいちゃんは、まるこのおじいちゃんに似てるかも(^_^;)




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# by you-arsession | 2017-09-02 19:17 | 100歳に向けて | Comments(0)

そうだ、介護を楽しもう、って決めたのに、最近忘れてました。
義父が思いのほか元気で、手がかからないため、手を抜いているというか、本人任せにしているところが多々あります。
ふと頭をよぎるのは、申し訳ないけれど、「こういうのがいつまで続くんだろう」という思い。
いったい義父はなんのために生きているのか、生かされているのか・・・
義父は生きていて幸せなのか・・・
このところそういうもやもやした気持ちが頭を占めていました。

今日は血液内科と神経内科の受診。
血液検査の結果、この年齢にしては上出来な感じ。
血液内科の先生は、先日誤嚥性肺炎にかかりながら、入院せず復活したことに驚いていました。
「普通ならこの年齢だと入院になっちゃうけどね、すごいな」

神経内科では、最近の様子を話しました。
直近のことを忘れる。歯を磨いたことを忘れて何回も磨く。薬を飲んだのかわからなくなる。ご飯を食べた後、また席に着くと「ご飯これからでしょ」とか言う。
夜中にひげをそる。何回もシャツを着替える。昼寝から起きると朝だと思う。朝起きて「これから夜でしょ」と言う。
「今日(デイサービス)何時(に迎えにくる)?」と何回も聞く。「○時だよ」と答えると「そうか」と言うが、しばらくするとまた「今日何時?」と聞く。等々。

これらは認知症の典型的な症状だそうです。
確実に認知症の症状は出てきているので、アルツハイマーの薬を試してみてもいいかもしれないと言われました。
でも、薬だからやはり副作用があるとのこと。

頭をはっきりさせる薬なので、イライラしたり怒りっぽくなったりというのがあるかもしれないとのこと。
また、やはり内臓への影響もないわけではなく、言い方は悪いが、今ぼけていてわからなくなっていることが、頭が冴えることによっていろいろ気になってきて、うるさくなるかもしれないと。
し銀顆粒性認知症は、高齢で発症した場合、ゆっくりと進むので、今あまり困っていないならしばらくこのまま様子を見たほうがいいのでは、とのことで、そうすることにしました。

だって、義父はいろいろ忘れるし、変なこと言ったりしたりもするけれど、今のところ怒って怒鳴り散らしたり、暴力をふるったりなどということがなく、穏やかだからです。
そりゃ、ときどきは「うるせーな」とか、「まったくめんどくせー」とか言うけれど、それはしかたがないと思うのです。

今のところ、「祐子さんがいなかったらなにもわからねーや」と言って、私の言うことは素直に聞くので、まったく扱いやすい認知症です。これはありがたいことなのだと思います。

病院が終わると、私たちの仕事場のあるマンションまで車椅子で行くのですが、途中何度か降りて歩いてもらっています。
車椅子を押しながら歩くと、杖で歩くよりずっと早く、軽やかに歩けるのです。これにはびっくりです。


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今日も仕事場への移動中、車が少ない静かな通りに出たので車椅子を降りて歩き出そうとしたところで、「おいくつなんですか?」と、いかにも義父よりも若いけれど、元気がなさそうな男性に声をかけられました。
「96歳です」と言うと、「お元気ですね~」とびっくりされました。
「96歳です」と言うときの私は、ほんの少し自慢げだったかもしれません。

スタスタ歩く姿を少し後ろから見ながら、思わず「ほんとだよ~」とつぶやきました。
これ、ちょっと自慢してもいいよね。




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# by you-arsession | 2017-09-01 20:03 | 100歳に向けて | Comments(0)

先週の土曜日から昨日まで、仕事と用事がぎっしり詰まっていました。
どうやってこなそうか、頭がいっぱいでした。
そんな時に、義父が熱を出しました。
数日前から咳が出ていたので、気にはなっていました。
木曜日の夜、38度5分から39度3分まで上がったのでびっくりです。
とにかく水分(経口補水液)を採らせて様子をみていました。

翌朝には37度台に収まったので、なんとか大丈夫かなと思い、そのまま水分とウィーダーインゼリー、プリンなどで栄養補給しながら様子を見ていました。
しかし、その夜、また39度2分まで上がってしまいました。
次の日は、午後から船橋でコーディネートの打合せが入っており、何時に帰れるかわかりません。
早いうちに病院に連れて行って入院させればよかったと、後悔し始めました。
入院してくれていれば、安心して仕事にも出られます。
特にその土日、夫も私も家にいられないのです。
次の日、朝早く病院に連れて行き、なんとか入院させてもらうように手配しようと決めました。

そして、土曜日の朝、夫に車で病院に送ってもらい、緊急外来にかかりました。
夫は私たちを病院に降ろすとすぐに帰って、用事のため出かけてしまいました。

病院で熱を計ると、37度2分。引いています。
その上、なんだか元気!
受け答えもしっかりしていて、ダメージを感じさせません。

レントゲン、胸のCT、血液、尿と、検査してもらい、研修医の先生が言うには、
左の肺に肺炎があるが、尿検査で肺炎菌はでなかったので、誤嚥性の肺炎であろう、
血液検査の炎症反応は確かに高いが、熱が引いてきているようなので、治まってくると思われる。
高齢なのでどうしてもというなら入院もさせるが、様子を見ている限り、それほどの重症には思われない。
入院すると認知症が進むので、できたら入院はしないほうがいいと思う。
と、そのような内容でした。

私は、入院させてもらおうと意気込んで来たのですが、隣にいる義父を見ると、どうもその必要もないような気がしてきました。
この様子では、家で寝ていれば大丈夫か、と。
また前回の入院の時のように、わけがわからなくなられては大変です。
結局、経口補水液とゼリーやヤクルトなど買い込んで、タクシーで帰ってきました。

その日は二女が家にいたので、義父には安静に寝ていてもらうようにしました。
しかし、二女の話だと、起きてきて髭を剃り始めたそうで、「おじいちゃん寝てな」と寝かせたそうです。
その後も何度か起きてきたので、「寝てな!」とたしなめたようです(^_^;)

そして、その夜、熱がまた38度台に上がってしまったのです。
私は、どうして入院させなかったのかとまたまた後悔しました。
元気なようでも入院させてもらえばよかった、と。
夫も「入院させるわけじゃなかったの?」とか言って、
そーだよ、そーなんだけどさ~~~

もうなるようになるしかないと、薬を飲ませて寝かせ、私も寝てしまいました。

次の日は、私は早く家を出なければなりません。
熱は37度台に下がっていてちょっとほっとしました。
夫が少しゆっくりなので、早お昼にバナナとプリンとゼリーを食べさせ、薬を飲ませてから出かけてもらいました。

夜は、山登りに出かけていた長女が一足先に家に帰っていました。
こちらも、股関節を痛めたとかで、疲れている様子でした。

義父は持ちこたえていました。
熱は6度8分程度に下がっていました。

翌日の月曜日、私はまた朝から仕事で出かけましたが、義父の熱は36度台に落ち着きました。
その日は義妹がお昼を食べさせに来てくれたので安心でした。ありがと~。

そしてなんと、火曜日にはデイサービスに復帰しました。

信じられない回復力、ものすごい生命力!
かないません。

おかげさまで、私の仕事もなんとか乗り切ることができました。
でも、今回、どれだけ気をもんだか。
もうこんなのいやっ(>_<)







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# by you-arsession | 2017-08-09 14:42 | 日々雑感 | Comments(0)

信州松本からスイカが届きました。



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義弟の友達Mさんは、毎年、夏にはスイカ、冬にはりんごを欠かさずに送ってくれます。
Mさんのことは話に聞くだけで、私は一度もお会いしたことはありません。

Mさんは昔、義弟と一緒の職場で働いていて、若い頃はよく家に遊びに来ていたそうです。
その度に、義母が手巻き寿司をふるまって、義弟とMさんはその手巻きを食べながら、延々と飲んでいたらしいです。

その後松本に引っ越してからも、「千葉のおふくろさん」と義母のことを慕っていたとのこと。

ずいぶん前に、義母が、「Mさんは、もういいのに、いくら言っても送ってくるんだから」と話していました。

その義母も亡くなって10年、無言の贈り物は今だに続いています。
少なくとも私が嫁に来てから30年、一度も来なかった年はありませんでした。

普通なら、もうそろそろいいかな、と思ってしまうところを、
こんなにも長いあいだ恩返しをし続けているMさん。

顔も知らないMさんですが、その律儀さというか、まっすぐさに感服します。
それと同時に、義母の情けの深さを、亡くなってなお、感じさせるのです。

おかあさん、
今年もまたいただきましたよ。

ありがとう。





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# by you-arsession | 2017-07-29 12:24 | 日々雑感 | Comments(0)

私は魔法使い?

今私は96歳の義父から絶大なる信頼を得ているみたいです。
ただ単に、家族の中でメインでお世話するのが私、というだけの話なのですが。
私の言うことはなんでも「そうだね」と聞くんです。

先日、夕食後、リビングのソファに横になってテレビを占領している義父に、二女が「おじいちゃん、ずーっとテレビ見てるんだからちょっとどいてよ!」と言うと、「いいじゃねーか、見てるんだから。おまえはうるさいんだよ」と言うことを聞きません。
せっかく早く帰ってきて、録画しているドラマを見たかった二女は私のところへきて、文句たらたらです。

しょーがないな~、と私が
「おじいちゃん、もうそろそろ向こうへ行って寝ましょうか」と声をかけると
「あ、そうだね、もう寝ちゃおう」と、すんなり自分の部屋のほうへ向かいました。

「おかあさん、すご~い。魔法使いみたい」と二女。

まあ、こんなものよと、ドヤ顔の私でした(笑)



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# by you-arsession | 2017-07-25 23:31 | 100歳に向けて | Comments(0)